さて、一方の被害者感情です。
「私は被害者なんだから、そして保険屋さんは一部上場企業だから何とかしてくれるであろう?」
「私は被害者なんだから、治療はお医者様に任せるしかない?」
「私は被害者なんだから、加害者は誠意を示して当然だ?」
被害者感情は、思考の最先端に、「私は被害者なんだから?」 この枕詞がつくのが特徴です。

自宅で階段を踏み外して骨折? スキー場で転倒して骨折?
この場合、階段やスキー板に誠意を求める被害者は、誰一人としていません。
手術が終われば、早々に退院、ギプス状態で社会復帰します。
駅の階段、バスのステップが危険? それを理由にタクシー通勤? あり得ません。
半年も経てば、全力疾走しており、この冬には再びスキーに出掛けます。
どういう訳か、交通事故で骨折すると、 3 ヶ月は入院します。
退院後もタクシー通院を繰り返し、治療先の喫煙室を根城にして、
結成した被害者クラブで情報交換会を続けます。
ここでの議論は根も葉もない砂上の楼閣を特徴としているのですが、
それなりに真面目に続けられます。

これを世間では、捕らぬ狸の皮算用と説明しています。
ちょうど時を同じくして、休業損害の支払が遅れ始めます。
イラだった被害者は、「おい、どうなっとんねん!」 保険屋さんに問い質します。
保険屋さんは、特別反省もなく、治療の打ち切りを打診します。
「ふざけるな! バカヤロー」 突然、何かに取り付かれたように、やたらに通院を続けるのです。
このリハビリで、骨折部に近い関節の可動域は、メキメキ改善していきます。
やがて、尊大で生意気な保険屋さんの弁護士が登場、
とうとう諦めて後遺障害診断を受けるのですが、
可動域は 4 分の 3 + 1 °で非該当です。
可動域が健側の 4 分の 3 以下であれば、 12 級 7 号が認められますが、
逆の方向からアプローチすると、 4 分の 3 + 1 °は 0 回答となるのです。
先の皮算用は何であったのか?
しおたれて社会復帰をするのですが、会社内ではアザーサイド、
完璧に忘れ去られた存在となっているのです。

保険屋さんは明確なコンセプトで対応を開始します。
一方の被害者は、コンセプトではなく、ただ、感情でモソモソ動くのです。
この両者が戦うのですから、保険屋さんは、常に全戦全勝、負けることはありません。
いつも被害者なんだから? では、完膚無きまで叩きのめされるは必定です。
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