遷延性意識障害の被害者は、自らの意思を相手に伝えることができません。
食事や排泄、痰の吸引やおむつの交換、褥瘡防止のためのこまめな体位変換と清拭など、日常生活の全てにおいて、24時間、365日、気を許すことのできない介護が必要となります。
これは、介護を行う被害者家族にとって、精神的、体力的、経済的にも大きなストレスとなり、正に、本件交通事故による二次的被害となります。

(1)日常の介護について?

1)食事の介護

遷延性意識障害者では、流動食を胃に送り込むことが食事となります。
鼻から管を通して送り込むのと、胃瘻から、直接、胃に送り込む方法の2通りがあります。

胃瘻による注入

流動食=介護食は、栄養バランスが完璧で、消化負担が軽くなるように作られています。
流動食は、往診の医師に処方を依頼することになりますが、ローカルで、処方箋薬局が流動食に対応していないときは、ネット通販で調達することになります。

明治乳業のメイバランス、アサヒグループ食品の濃厚流動食、森永乳業のクリニコ、テルモなどから販売されており、医師に相談して選択します。

①脱水症の防止?

人間が必要とする1日当たりの水分量は、体重×1kg当たりの必要水分量(ml)で求められます。
例えば体重60kgの成人では、60kg×50ml/kg=3000ml=3?の水分摂取が必要になります。
食事で摂取できる水分は、1日1.5?と言われており、残り1.5?の水分を補給する必要があります。
遷延性意識障害者で寝たきりであっても、流動食以外に1.5?以上の水分補給が必要です。

②カロリー不足と栄養の偏りの防止?

流動食は、ビタミン・ミネラル・カルシウムなどの栄養バランスは完璧ですが、身体のエネルギーとなる蛋白質、脂質など成分が不足しがちになります。
遷延性意識障害者でも、基礎代謝分の栄養がなければ栄養失調となるおそれがあり、往診では、医師に、必要に応じてハイカロリー輸液の点滴、蛋白質、脂質、炭水化物、ミネラル、ビタミンを含む濃厚流動食の処方をお願いすることになります。

健常人は、1日に必要な栄養類の他に、身体の調子を整えたり、丈夫にしたりする成分を、多種類の食品を食べることにより摂取しています。
しかし、流動食では、補完的な栄養の摂取は不可能であり、遷延性意識障害者では、医師とも相談の上、日々の健康管理で、カロリー不足と栄養の偏りを防止しなければなりません。

2)痰の吸引と口腔の介護

自宅介護で慣れないとき、最も苦労するのが吸引器による痰の吸引です。

入院から自宅介護になるときは、医師や看護師から吸引のケアについての指導が行われています。
吸引器も治療先から紹介を受けて購入することになります。
痰の吸引は医療行為であり、規制緩和により条件付きで介護従事者にも許可されていますが、原則としては、家族の作業となります。
男性では、痰の量によっては夜中も吸引が必要になることもありますが、女性は痰の量が少なく、痰の吸引では、男性に比べると格段に楽な作業です。
慣れてくると、計画的に痰の吸引ができるようになります。

痰の吸引と共に、口腔ケアもしっかり行う必要があります。
遷延性意識障害者の栄養補給は流動食で、鼻チューブか、胃瘻による胃への注入であり、口を使うことがなくなって、唾液の分泌が十分ではなくなるのです。
唾液には、口内を潤し、食べ物を飲み込みやすくし、細菌の繁殖を抑える役目があります。
唾液が少なくなると風邪や肺炎など、感染症のリスクが高まるので、口内ケアは毎日、行います。
口内洗浄用のウエットティッシュ、スポンジ状の洗浄棒、うがい不要の口内洗浄液を備えておきます。

また、口腔を刺激すると、飲み込んだものが気管に入らないようにする喉頭蓋の動きが良くなることも報告されており、誤嚥性肺炎を予防することにつながります。

3)排尿・排便の介護

排尿では、テープ式紙おむつと、重ね使いとして尿パッドを使用します。
膀胱炎、尿道炎などの尿路感染症を予防するには、1日に4~5回の小まめなおむつ交換と陰部の清拭を実施しなければなりません。

尿パッドには、昼用長時間タイプと夜用長時間タイプの2種類が用意されています。
尿量が少ないときは、パッドのみの交換で済ませることもできます。

遷延性意識障害者は、自分でイキムことができないので、どうしても、便秘気味となります。
したがって、排便では、下剤と摘便を併用することになります。
毎日の排便が望まれますが、摘便となると、かなりの時間を要するので、要介護者の疲労を考慮するのであれば、3日に1回の頻度で、実施することになります。
排便では、肛門周辺を清潔に保ち、肛門周囲炎を予防しなければなりません。

紙おむつでは、肌触りや腰回り、足回りの大きさを考慮すると共に、被害者の肌荒れ、かぶれが起きることのないよう、そして、尿漏れしないものを選択するのですが、当初は、2~3枚入りのお試し用パック、無料サンプルを利用することになります。

4)褥瘡の介護

痰の吸引とならび、苦労させられるのが、褥瘡=床ずれ防止の介護です。
遷延性意識障害者では、寝たままの姿勢が強制され、圧迫された部分で血行不良となり、褥瘡=床ずれと呼ばれる細胞の壊死が起こります。
褥瘡から緑膿菌が肺に感染すれば、肺炎となり、命に関わる重篤な症状となります。

これを防止するには、こまめな、理想的には2時間に1回の体位変換をしてあげなければなりません。
しかし、私の経験則では、2時間ごとの体位変換はありません。
実際に褥瘡となっていれば、それは守らなければなりませんが、介護では、イイ加減ではなく、良い加減で続けていく調整が必要で、遷延性意識障害者の状態により対応は変わります。

最近では、タイマーの設定で、ベッドが左右に傾斜して自動的に寝返りを支援する電動式介護ベッドが開発されており、夜間は、これに頼ることができます。

5)入浴の介護

自宅介護であっても、自宅の浴室での入浴は、非常に困難です。
1人の介護者が、遷延性意識障害者を安全に入浴できる設備を整えようとすると、改装費用が膨大で、風呂場だけでも1.5坪=4.97㎡の広さが必要となり、加えて、特殊な浴槽や設備が必要となるため、一般家庭での実現は困難です。
現実的には、訪問入浴介護サービスを上手に利用することになります。

入浴は、訪問入浴介護サービスで1週間に2回、それよりも、毎日2回の、蒸しタオルによる身体の清拭と、身体全体をさするマッサージが理想的です。
タオルを水に浸けて緩く絞り、電子レンジ500Wで1分間チンすると、蒸しタオルができあがります。

遷延性意識障害であっても、生きている以上、汗もかくし、新陳代謝で皮脂や垢も出ます。
特に、若年であれば、新陳代謝も活発なため、こまめに洗体をしなければなりません。
夏で、大量に汗をかいたとき、あせも、肌荒れを防ぐ意味で、皮膚を清潔に保つ介護用品、アルコールフリーの体や顔用の清拭シートや、水が不要なドライシャンプーなどを利用すると便利です。

6)NASVAの支援

国土交通省所管の独立行政法人 自動車事故対策機構、NASVAは、自賠責保険の運用益で、安全運転に関する様々な事業を展開していますが、ここでは、遷延性意識障害者などに対する介護料の支給と療護センターにおける入院治療を取り上げます。

※介護料

①介護料の支給

1カ月の介護費用として自己負担した額に応じ、受給資格の種別ごとに、次の範囲内で支給されます。
介護費用として自己負担した額が下限額に満たないときは、下限額が支給されます。

種別 月額介護料
最重度 特Ⅰ種 6万8440円~13万6880円
常時要介護 Ⅰ種 5万8570円~10万8000円
随時要介護 Ⅱ種 2万9290円~5万4000円

支払い月は、毎年3、6、9、12月の年4回、各支給月前の3カ月分がまとめて支給されます。

自宅にて介護を受けている方が、
①ホームヘルプサービス
②訪問入浴
③訪問看護
④訪問リハビリ
⑤デイサービス

①~⑤のサービスを受けたときは、サービスを行った事業者ごとの領収書の提出により、介護料の上限額までの範囲内で支給されます。
ただし、親族によるサービス提供は介護料の支給対象とはなりません。

②介護用品の購入

自宅で介護を受けている方が、次の介護用品を購入、レンタルまたは修理(交換)したときは、事業者ごと領収書の提出により、介護料の上限額までの範囲内で支給されます。

介護用品
品目 規格
介護ベッド 本体、サイドレールorサイドサポート、マットレス、介助バーおよび付属テーブル
車椅子 自走式車椅子、電動車椅子および浴用医師などの介助用車椅子および固定ベルト、バックサポート、サイドガード等の補助具
褥瘡予防 水、エア、ゲル、シリコン、ウレタンなどからなるマット類およびクッション並びにカバー・シーツであって、体圧を分散することにより、圧迫部位への圧力を減ずることを目的とするもの、
吸引器 痰吸引器を含む吸引器、吸入器(ネブライザー)
特殊尿器 尿が自動的に吸引されるもので、要介護者または介護者が容易に使用し得るもの
移動用リフト 本体および吊り具、床走行式、固定式または据置式で、身体を吊り上げまたは、体重を支える構造により、自力での移動が困難な者のベッドと車椅子間などの移動を補助する機能を有するもので、取付けに工事を伴うものを除く、
スロープ 段差解消のためのもので、取付けに工事を伴うものを除く、
購入の消耗品 紙おむつ、尿取りパッド、導尿カテーテル、バルーンカテーテル、痰吸引用カテーテル、滅菌ガーゼ、使い捨ての手袋

障害者総合支援法第6条に基づき、市町村の地域生活支援事業として給付を受け、その際に自己負担した金額を請求することはできません。

③支給要件

ⅰ)最重度、特Ⅰ種の要件

種別 特Ⅰ種の要件
脳損傷 ①自力移動が不可能である。
②自力摂食が不可能である。
③屎尿失禁状態にある。
④眼球はかろうじて物を追うこともあるが、認識はできない。
⑤声を出しても、意味のある発言はまったく不可能である。
⑥目を開け、手を握れという簡単な命令にはかろうじて応ずることもあるが、それ以上の意思の疎通は不可能である。
脊髄損傷 ①自力移動が不可能である。
②自力摂食が不可能である。
③屎尿失禁状態にある。
④人工介添呼吸が必要な状態である。

脳損傷では、遷延性意識障害と確定診断されていること、脊髄損傷では、C/1、2、3、上位頚髄損傷により、自力呼吸ができず、人工呼吸器を使用しているレベルとなります。

ⅱ)常時要介護と随時要介護の要件

種別 後遺障害等級
常時要介護 Ⅰ種 自賠法施行令別表第1 第1級1号、または第1級2号
随時要介護 Ⅱ種 自賠法施行令別表第1 第2級1号、または第2級2号
別表第1 介護を要する後遺障害
第1級 1.神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの。
2.胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、常に介護を要するもの。
第2級 1.神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの。
2.胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、随時介護を要するもの。

自損事故であっても、3) ①②に掲げた支給要件を満たすときは、適用されます。

④支給制限

支給対象となる方が、次のいずれかに該当するときは、支給されません。

ⅰ)自動車事故対策機構が設置した療護施設に入院したとき、
ⅱ)法令に基づき重度の障害を持つ者を収容することを目的とした施設に入所したとき、
(特別養護老人ホーム、身体障害者療護施設、重度身体障害者更生援護施設など)
ⅲ)病院または診療所に入院したとき、
ただし、家族による介護の事実があるときは支給されます。
ⅳ)労働者災害補償保険法など他法令の規定による介護補償給付または介護給付を受けたとき、
(国家公務員災害補償法、船員保険法など)
ⅴ)介護保険法の規定による介護給付を受けたとき、
ⅵ)支給対象となる方の主たる生計維持者にかかる前年の合計所得金額が1000万円を超えるときは、その年の9月から翌年8月までの間は支給されません。

※療護センター

NASVAでは、自動車事故による遷延性意識障害者で、入院の要件に該当する被害者を対象に、社会復帰の可能性を追求しながら手厚い治療と看護、リハビリテーションを行う療護センターを国内4カ所に、療護センターに準ずる委託病床を国内の3カ所に設置・運営しています。
これらの療護施設への入院期間は概ね3年以内とし、入院の承認は、治療および介護の必要性、脱却の可能性等を総合的に判断して行われます。
これらの療護施設では、CT、MRI、PETなどの高度先進医療機器を用いた検査情報を基に、個々の被害者に合った効果的な治療、リハビリの方針を策定し、対応しています。

①療護センターと委託病床

名称 所在地 ベッド数
1.東北療護センター 仙台市太白区長町南4-20-6 022-247-1171 50
2.千葉療護センター 千葉市美浜区磯辺3-30-1 043-277-0061 110
3.中部療護センター 岐阜県美濃加茂市古井町下古井630 0574-24-2233 50
4.岡山療護センター 岡山市北区西古松2-8-35 086-244-7041 50
5.中村記念病院 札幌市中央区南1条西14丁目 011-231-8555 12
6.湘南東部総合病院 茅ヶ崎市西久保500 0467-83-9091 12
7.泉大津市立病院 大阪府泉大津市下条町16-1 0725-20-6922 16
8.聖マリア病院 福岡県久留米市津福本町422 0942-35-3322 20

②入・退院の状況

  入院 脱却 退院 死亡
H28年度 93人 30人 45人 11人
累計 1415人 372人 701人 98人

NASVAのビデオ、「在宅介護に向けて」では、自宅で介護される人に向けて、経口摂取、経管栄養、口腔ケア、表情筋マッサージ、体位変換・移乗、更衣、おむつ交換、関節を動かす練習、温浴刺激療法、用手微振動、バランスボール運動などを具体的に解説しており、他に類を見ない、優れたガイダンスです。
http://www.nasva.go.jp/sasaeru/zaitaku.html
自宅介護を予定されているご家族は、検証され、学習に役立ててください。

(2)自宅介護を可能にする住宅のリフォームと介護設備?

コンセプトは、遷延性意識障害者にとって安全であり、一緒に暮らす家族にとって、介護しやすいことですが、弁護士を含め、理学療法士や作業療法士など要介護者の身体機能に精通した専門家を交えて、住宅改造計画を立案することになります。

1)スロープの設置とバリアフリー

段差にはスロープを設置、住宅の間取りに合わせたバリアフリー改造を行います。
介護では、介護する部屋と台所・水回りが隣り合わせとすることで、利便性が高まります。

2)遷延性意識障害者の部屋

①具体的な改造

遷延性意識障害者の部屋では、床の段差を解消し、ストレッチャー型車椅子で移動できるよう廊下を広くすることや、片開きのドアでは、車椅子の出入りが困難なときは、引き戸にリフォームすることになります。
一般のフローリングではなく、重量のある電動介護ベッドや車椅子による移動を想定し、耐久性の強い床に改造しなければなりません。

②エアコン、加湿器、空気清浄機、24時間換気システム

遷延性意識障害者では、交感神経と副交感神経のバランスに障害があることが多く、自分で体温の調節をすることが困難で、介護者が気づかないうちに、熱中症や低体温症になることが予想されます。
そのため、遷延性意識障害者の部屋では、年中一定の気温を保つことに留意しなければなりません。
エアコンで温度調整をするのですが、空気が乾燥するので、加湿器の設置を忘れてはなりません。
空気が乾燥すると、痰ができやすく、また痰の粘度が高くなるのです。
その他に、空気洗浄機や24時間換気システムなどを整備すれば理想的です。

※24時間換気システム
平成15年7月の法改正で、新築住宅では、24時間換気システムの設置が義務化されています。
24時間換気システムの仕組みは、リビング、部屋などの壁に取り付けられた給気口から空気を取り込み、その取り込まれた新鮮な空気は各部屋のドアの下の隙間から廊下に流れ、最後に洗面所やトイレ、バスルームに設けてある天井排気口から外部に排気されるものです。

3)電動介護ベッドとマットレス

遷延性意識障害者でも、日中は上半身を起こしておくことが推奨されています。
日常的なケアでも、フラットタイプだと抱き起こす作業が大変であり、背上げ、足上げを同時に実行し、左右の傾斜で自動的に寝返りをサポート、車椅子への移乗やベッドシーツの交換時には、ベッドの高さを最大32cmまで下げることができ、洗髪など、必要に応じてヘッドボードとフットボードを簡単に脱着することのできる電動式介護ベッドの選択がベストです。

自動寝返り支援ベッド フランスベッド

介護マットレスは、圧迫を受ける身体の部位を移動させ、褥瘡を防止する機能を持たせた圧切替型エアマットレスなどもあり、当初は、レンタルで試用されることを勧めています。

(3)自宅介護の優位性について?

自宅介護は大変で、とてもできないという声も聞きますが、遷延性意識障害者にとっては、以下の3つの理由により、環境さえ整えば、自宅での療養が最も望ましいのです。
また、被害者が子どもであるときは、ほぼ100%の両親は自宅介護を選択しておられます。

1)意識の戻る可能性?

まだ、治療法として確立されていませんが、後段に紹介する研究では、遷延性意識障害者は、自ら表現ができないだけで、遠いところ、深いところに意識自体を有していると考えられているのです。
自宅介護では、介護人が常に近くにおり、頻繁な声掛けなどで刺激を与えることができ、近い将来に、意識が戻る可能性が高まることも、十分に予想されるのです。

2)感染症のリスク

病院や施設での介護では、どうしても他の患者との接触が避けられず、肺炎、MRSA、VREなど、院内感染のリスクがありますが、自宅介護では、そのリスクは、ほとんどありません。

3)住宅のリフォームと職業介護人の派遣

自宅介護では、裁判所から住宅の改造と職業介護人の派遣が認められています。
家族だけで365日の介護は、ストレスを考えると困難ですが、介護のしやすい住宅に改造し、職業介護人をうまく利用することで、家族にも必要な休息が取れるように配慮することができます。

(4)裁判所が認める自宅介護?

これまでの判例を検証する限り、本人ないし家族の希望、介護環境、住環境、医療環境の4要件を満たすことで、自宅介護は認められています。

1)本人ないし家族が希望していること、
2)人的支援が確保されていること、
家族の介護に加え、訪問ヘルパー、訪問看護師、訪問リハビリなど、人的資源が確保されていること、
介護者のマンパワーが十分、介護技術が熟練、褥瘡など、余病の発生を防止することができること、
3)物的設備が確保されていること、
バリアフリー構造など、自宅が介護に対応できるよう改造され、介護設備が整っていること、
4)医療的環境設備が整っていること、
訪問診療などの定期的往診、状態が悪化した際に、対応できる治療先が近隣に存在すること

2011年、名古屋地裁は、判決文の中で、以下の判示をしています。
「ベストケアを行えば、それがないよりもはるかに長生きできる蓋然性が高いことが明らかであるのに、費用が高過ぎるとして、ベストケアを受ける費用分の損害賠償を認めないということは、そのベストケアを受けたとしても一般人ほどには長生きできそうにない被害者に対して、余りにも酷な話であり、人道上許されないように思われる。」
自宅介護は不可能であり、認められない?
寝たきりであれば、長く生きられない?
被害者の余命は短いので、将来介護費は平均余命までカウントする必要はない?

これらの損保の反論を退けての判決文ですが、遷延性意識障害について、将来の基準となる、丁寧な認定がなされた判決文です。

※意識が戻る可能性について
國學院大學人間開発学部初等教育学科教授 柴田 保之先生は、2008-12-19、低酸素脳症で、全身マヒ、遷延意識障害となった30代の女性とパソコンによるコミュニケーションで、以下の787文字を引き出しています。
信じてほしい。夢も希望も聞いてほしい。
私は銀世界の中で言葉を伝えられずに迷っている、気持ちが言えず、自分の気持ちを伝えられず、木の上に放り出されてしまった子どものように。
自分の気持ちを外部に送ることもできずに、今まで檻の中に閉じられていた。
心が今、いい時間の流れを通わせながら、いい時間いっぱい感じながら、聞こえてくる、
昔のいろいろな声が。自分の足で歩き、自分の手で何でもやれた日々が、自分色の思い出として。
人間だから、気持ちを人に伝えたい。小さなことでいいから。

※遷延性意識障害で12年間、植物人間状態にあった男性と、機能的磁気共鳴画像、fMRIスキャナを用いて意思の疎通をとることに成功したと、カナダ、西オンタリオ大学の研究者らが米医学協会誌、JAMA Neurologyに発表しています。

実験は、重篤な脳損傷により長期間無反応だと考えられていた3人の患者に、機能的磁気共鳴画像法、fMRIと呼ばれる、脳の活動領域をスキャンする装置を用い、外部から簡単な言葉で呼びかけ、その反応能力を調べたもので、その結果、3人の患者全員が、リラックスするよう指示したときと比べて、数を数えるよう指示されたときに、脳が活性化したとのデータが得られています。
また、3人の患者のうち2人、植物人間状態の患者と、最小意識状態の患者は、特定の刺激に反応する能力を調べたときに、注意を向ける先を変える能力を示しています。

そこで、この2人の患者に、
「あなたはスーパーマーケットの中にいるのですか?」
「あなたの名前はスティーヴンですか?」など、ハイ、イイエで回答できる質問をしたところ、2人とも、正確に、ハイと、イイエで回答できることが判明しました。

この実験を率いた西オンタリオ大学の脳心理研究所のロリーナ・ナシ博士は「私たちは今回初めて、植物状態と診断された患者が、自分の注意を向ける先を変えることで、自分に意識があることを伝え、他者と意思疎通を図ることができることを明確に示した。」 と語っています。
脳に重篤な損傷を受けると、患者はしばしば、肉体的反応を示す能力を失います。
その患者では、意識があるのか、患者が身の回りで起こっていることを理解できているのか、自分の状態についてどう考えているのかは外部からは分からないのですが、ナシ博士は、「植物状態や最小意識状態とされていても、実際には、閉じ込め症候群であることがあり、この研究結果がそうした患者を見分ける方法になることを期待している。」 と語っています。
閉じ込め症候群であれば、眼球運動で意思伝達ができるのです。

今回発表となった論文の共著者であるケンブリッジ大学のエイドリアン・オーエン博士は、2010年に、脳スキャナーを使用した同様の実験を行っており、植物状態にあっても思考の伝達が可能な者がいることを示しています。

※閉じ込め症候群  locked-in syndromeとは?
遷延性意識障害と類似した症状に、閉じ込め症候群があります。
遷延性意識障害者は、意識がない、もしくは混濁状態ですが、閉じ込め症候群では、本人の意識は正常に保たれており、目を開ければ周りを見ることもでき、耳も聞こえている状態で、外界を認識できています。
ところが、四肢の完全麻痺と球麻痺のため、手足の動きや発声などの意思表示ができない緘黙(かんもく)状態となっています。

閉じ込め症候群は、脳底動脈閉塞による脳梗塞などで、主に脳幹の橋腹側部が広範囲に障害されることで発症すると考えられています。

※球麻痺
延髄の運動核の障害による麻痺で、延髄には、舌、咽頭、口蓋、喉頭などの筋の運動を支配する脳神経核があり、延髄の損傷では、咀嚼、嚥下さらに構音の障害をきたします。

遷延性意識障害と診断されることが多いのですが、本人には、シッカリとした意識があります。
しかし、意志表示をする手段が絶たれており、体の中に閉じ込められた状態であるとして、閉じ込め症候群と呼ばれているのです。
垂直眼球運動と、まばたき運動を残しており、意思表示ができるのですが、遷延性意識障害では、以下の6つの要件があり、
①自力移動が不可能であること、
②たとえ声を出しても、意味のある発語は不可能であること、
③眼を開け、手を握れなどの簡単な命令にはかろうじて応じることはあるが、それ以上の意思疎通は全く不可能であること、
④眼でかろうじて物を追うことがあっても、それを認識することは不可能であること、

⑤自力摂食が不可能であること、
⑥糞尿失禁状態であること、

②③④が邪魔をして、単にまぶたを閉じただけでは、閉じ込め症候群と診断されません。
視線においても目の筋肉の麻痺などで、視線が感じ取れないときは、医師や家族もアイコンタクトに気がつかないことがあり、このことが深刻です。

まだ、治療法として確立されていませんが、遷延性意識障害者は、自ら表現ができないだけで、遠いところ、深いところに意識自体を有していると考えられるのです。